正義のという言葉に込めたい思い

ぼくが正義のという言葉に込めたい思いは、この詩の中にあります。

そうだ うれしいんだ 
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも

なんのために 生まれて 
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで 
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ 
ほほえんで

そうだ うれしいんだ 
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも

そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

時は はやく すぎる
光る 星は 消える
だから 君はいくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

 

-わたしが正義について語るなら(ポプラ社)-

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運をつかむためには

なにか一つ武器を持たなくちゃいけないと思います。

それも自分の好きなことで。

マンガ家を見ても、水島新司は野球が好きです。

本人はあまり野球上手ではないけれど、

野球マンガの名作「あぶさん」が生まれた。

 

朝から晩までマンガばっかり読んでいると、

ろくな人間にはならないです。

いいマンガ家にもなれません。

マンガばっかりじゃなくて、

何かの付加価値がなくちゃいけない。

 

一番良いのは学校の勉強を一生懸命して、

学校の成績が良いのがいい。

そしてさらにマンガ家になるのがいいです。

なぜ学校の成績が良い方がいいかというと、

学校の勉強は結構基礎的なことを

教えるようになっているんです。

だからそれをやればいいんだけど、

人間は全部はできないんだよね。

だから好きなものを選ぶんです。

 

スポーツでもなんでもいい。

それを選んで、それをやっていく。

それが自分の武器になります。

 

とにかく何かをやりたいと思ったら、

他の教養もつけないとダメ。

ひとつだとそこから出られません。

 

虚仮の一念もいるけれど、

続けて行くためには他のものが必要です。

マンガ家になりたいと思ったら、

純粋美術の方もよく見なくちゃならないという具合です。

努力は確かに辛いところもあるけれど、

辛いというのは意外と面白いところもある。

結局は本人が好きだったら、

それに耐えていかれます。

もちろん、その途中は生やさしくはありません。

 

趣味でやるならいいけれど、

プロになるなら人の何倍かやらなくちゃいけない。

一つは運、一つは才能、一つは努力。

だから一つの運に恵まれないと

やっぱりダメなんです。

運をつかむためには

本人の努力してなくちゃいけないということです。

-わたしが正義について語るなら(ポプラ社)-

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正義を行う人は

アンパンマンは戦っていて怖くないのですか、

と聞かれることがあります。

アンパンマンも怖い時があるんじゃないかと思います。

 

アンパンマンはヒーローの役を

やらなくちゃいけないので、

自分から怖いとは言えないんじゃないかな。

ヒーローは大変なんですよ。

それから他のキャラクターは

いろいろ食べたりするけれど、

アンパンマンは泣かないし何も食べない。

なぜかと言われてもなんとも言えないんですけどね。

それから、

ばいきんまんやドキンちゃんは、

いつも自慢ばっかりしていますが、

アンパンマンは「ぼくはすごいんだ」とか

「ぼくはエラい」とか自慢しない。

慎ましいですよ。

 

正義は勝ったと言っていばっているやつは嘘くさいんです。

正義を行う人は非常に強い人かというと、

そうでもないんですね。

我々と同じ弱い人なんです。

でも、もし今、すぐそこで人が死のうとしているのを見かけたら、

助けるためについ飛び込んでしまう。

ちっとも強くはない普通の人であっても、

その時にはやむにやまれぬという気持ちになる。

そういうものだと思います。

 

火事で子どもが焼け死にそうになっているのを見れば、

その子のお母さんは周りの人が

止めても聞かずに飛び込んでいきますね。

お母さんは必ずしも強い人ではなく、

弱いお母さんだって子どもを

助けなければいけない時にはそうなる。

変わりに自分が死んじゃうかもしれないけどやる。

 

-わたしが正義について語るなら(ポプラ社)-

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愛と勇気だけが友達さ

愛って何か。

 

アンパンマンは時々、

自分の悪口を言う相手のことを助けることがあります。

アンパンマンはヒーローだから、

それをねたんで悪口を言うのがいるんだね。

 

悪口を言っているのを

アンパンマンは知っているのか

知らないのか分からないけれど、

彼等が困っている時にはアンパンマンは助けます。

「悪口言ったぼくを助けてくれるの?」

と聞かれても

「気にしないで、誰にだって失敗はあるんだから」

と言う。

 

それはアンパンマンの愛が

大きいから言えることなんだね。

そういう大きな愛は

親子とか兄弟の中にいつもあると思いますよ。

 

それから、何かを決断するとき、

何かをやろうとする時には

必ず勇気が必要です。

スポーツでも仕事でもみんな必要。

おびえていると何もできません。

 

勇気は目に見えません。

ぼくは勇気ってなんだろう

と思った時に

勇気リンリンというくらいだから

鈴の形をしてるのかな、

リンリン鈴の音と同じだと思って、

「アンパンマン」の物語では

ユウキの鈴というキャラクターを

作ってしまいましたけれど。

アンパンマンだって

勇気の花のジュースを入れないと何もできません。

 

線路に落ちた人を助けようとすると、

助けた人は死んじゃうかもしれない。

川でおぼれている子どもを助けようとすると、

助けた人が死んじゃうということも非常に多い。

事実、先生が子どもを助けるために

川に飛び込んで子どもは助かったのに

先生が死んでしまったという話もありますね。

それでも飛び込むのです。

 

愛には、いさましさも含まれていて、

勇気には、やさしさが含まれている。

 

死んでしまったのは、

正しいことをしたからです。

もし知らん顔をしていれば先生は死ななかった。

そうやって自分が傷ついてもやる

という気持ちがなければ、

正義は行えないんです。

 

アンパンマンは、

自分の顔を子どもに食べさせるのだから、

ある面では自己犠牲です。

正義を行う場合には、

本人も傷つくということを

ある程度覚悟しないとできません。

 

普通の人でもヒーローになることはできます。誰でもなれると思いますよ。

-わたしが正義について語るなら(ポプラ社)-

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夢の中にも夢はある

八十歳からは作曲を始めて、

 八十四歳でCDを発表して歌手デビュー。

年に数回はコンサートをやっていましたから、

どうも我ながらヘンですね。

奇妙なことになりました。

自分でも何をしているのかと奇怪に思うことがあります。

余計なことをしなければ、

もっと気楽で静かに暮せます。

余分なお金もつかわなくてすむ。

けれども人生はお金がすべてじゃありません。

 

人生の楽しみの中で最大最高のものは、

やはり、人を喜ばせることでしょう。

すべての芸術、

すべての文化は

人を喜ばせたいということが原点で、

喜ばせごっこをしながら原則的に愛別離苦、

さよならだけの寂しげな人生を

ごまかしながら生きているんですね。

 

ぼくの本を読む人、

テレビを見たり

コンサートに来る人には、

心の底から楽しんでほしい。

この世の惨苦、

終わらない戦争、

血まみれの惨劇、

嘘つきの政治家、

金権体質、

すべてをボクは憎悪するけれども、

怒るよりも笑いたい。

ひとときすべてを忘れていたい。

 

人生なんて夢だけど、夢の中にも夢はある。

悪夢よりは楽しい夢がいい。

すべての人に優しくして、

最後は焼き場の薄けむり。

だれだって同じだから焦ってみても仕方がない。

そう思っています。

 

-わたしが正義について語るなら(ポプラ社)-

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