正義を行う人は

アンパンマンは戦っていて怖くないのですか、

と聞かれることがあります。

アンパンマンも怖い時があるんじゃないかと思います。

 

アンパンマンはヒーローの役を

やらなくちゃいけないので、

自分から怖いとは言えないんじゃないかな。

ヒーローは大変なんですよ。

それから他のキャラクターは

いろいろ食べたりするけれど、

アンパンマンは泣かないし何も食べない。

なぜかと言われてもなんとも言えないんですけどね。

それから、

ばいきんまんやドキンちゃんは、

いつも自慢ばっかりしていますが、

アンパンマンは「ぼくはすごいんだ」とか

「ぼくはエラい」とか自慢しない。

慎ましいですよ。

 

正義は勝ったと言っていばっているやつは嘘くさいんです。

正義を行う人は非常に強い人かというと、

そうでもないんですね。

我々と同じ弱い人なんです。

でも、もし今、すぐそこで人が死のうとしているのを見かけたら、

助けるためについ飛び込んでしまう。

ちっとも強くはない普通の人であっても、

その時にはやむにやまれぬという気持ちになる。

そういうものだと思います。

 

火事で子どもが焼け死にそうになっているのを見れば、

その子のお母さんは周りの人が

止めても聞かずに飛び込んでいきますね。

お母さんは必ずしも強い人ではなく、

弱いお母さんだって子どもを

助けなければいけない時にはそうなる。

変わりに自分が死んじゃうかもしれないけどやる。

 

-わたしが正義について語るなら(ポプラ社)-

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愛と勇気だけが友達さ

愛って何か。

 

アンパンマンは時々、

自分の悪口を言う相手のことを助けることがあります。

アンパンマンはヒーローだから、

それをねたんで悪口を言うのがいるんだね。

 

悪口を言っているのを

アンパンマンは知っているのか

知らないのか分からないけれど、

彼等が困っている時にはアンパンマンは助けます。

「悪口言ったぼくを助けてくれるの?」

と聞かれても

「気にしないで、誰にだって失敗はあるんだから」

と言う。

 

それはアンパンマンの愛が

大きいから言えることなんだね。

そういう大きな愛は

親子とか兄弟の中にいつもあると思いますよ。

 

それから、何かを決断するとき、

何かをやろうとする時には

必ず勇気が必要です。

スポーツでも仕事でもみんな必要。

おびえていると何もできません。

 

勇気は目に見えません。

ぼくは勇気ってなんだろう

と思った時に

勇気リンリンというくらいだから

鈴の形をしてるのかな、

リンリン鈴の音と同じだと思って、

「アンパンマン」の物語では

ユウキの鈴というキャラクターを

作ってしまいましたけれど。

アンパンマンだって

勇気の花のジュースを入れないと何もできません。

 

線路に落ちた人を助けようとすると、

助けた人は死んじゃうかもしれない。

川でおぼれている子どもを助けようとすると、

助けた人が死んじゃうということも非常に多い。

事実、先生が子どもを助けるために

川に飛び込んで子どもは助かったのに

先生が死んでしまったという話もありますね。

それでも飛び込むのです。

 

愛には、いさましさも含まれていて、

勇気には、やさしさが含まれている。

 

死んでしまったのは、

正しいことをしたからです。

もし知らん顔をしていれば先生は死ななかった。

そうやって自分が傷ついてもやる

という気持ちがなければ、

正義は行えないんです。

 

アンパンマンは、

自分の顔を子どもに食べさせるのだから、

ある面では自己犠牲です。

正義を行う場合には、

本人も傷つくということを

ある程度覚悟しないとできません。

 

普通の人でもヒーローになることはできます。誰でもなれると思いますよ。

-わたしが正義について語るなら(ポプラ社)-

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ハンサムに生まれついたら

ぼくは血液型AB型で、
気質的に地味と派手が混在していて、
時にどうしようもなく派手になってしまったりする。

もしも人並以上のハンサムに生まれついたら、
この性質では破目をはずしてしまって
人生の軌道を大きく外れたことはまちがいない。

神は抑制するために、ぼくの容貌風姿を制限
されたと感謝しなくてはいけない。

だから、アンパンマン、
君はさしてハンサムではないが、
優しい性質はぼくからひきついでいるのだ。

(自分で優しいというのは気がひけるが、妻がぼくを評する時、
他人に紹介する時、いつもこの人はとても優しいと言っていたから御容赦。)

アンパンマンへの想い

子どもたちとおんなじに、

ぼくもスーパーマンや

仮面ものが大好きなのですが、

 

いつもふしぎにおもうのは、

大活躍しても着ているものが

破れないし汚れない、

 

 

だれのためにたたかっているのか、
よくわからないということです。

 

 

ほんとうの正義というものは、
けっしてかっこうのいいものではないし、
そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。

 

そしてそういう捨身、献身の心

なくしては正義は行えませんし、

 

また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば
物価高や、公害、餓えということで、
正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。

あんぱんまんは、

やけこげだらけのボロボロの
こげ茶色のマントを着て、

 

ひっそりと、はずかしそうに登場します。

 

自分を食べさせることによって、

餓える人を救います

それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。

 

さて、こんなあんぱんまんは

子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。

それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。

(あんぱんまん キンダーおはなしえほん)

冷酷無比の評論家が認めた

当時、大人からは認められず、
顔を削るのはやめてください。
残酷です。

こんな馬鹿馬鹿しいもの描いても
読者には喜ばれません。
と出版社には言われました。

約5年が過ぎた頃、
あんぱんまんを
最初に認めたのは
3歳から5歳の幼児です。

 

この世界に生まれたばかりで、
まだ文字をあまり読めず、
言葉もおぼつかない赤ちゃんです。

 

なんの先入観もなく、
欲もなく、
すべての権威を否定する。

 

純真無垢な魂を持った赤ちゃんは
冷酷無比の評論家です。

 

幼児は気に入らない絵本は放り投げます。
絵本評論家が難しい理論を言っても
通じません。好きか嫌いか、明確に判定します。

 

児童書の仕事をするようになって
わかったことは、幼児向けの作品は
幼児用だというのでグレードをうんと落そう、
というふうに考えるんですね。

 

 

そうして文章も非常に短くする。
僕もそれを要求されたけど、それは違うんです。
不思議なことに、幼児というのは話のホントの部分が
なぜかわかってしまう。

難しいことばとか、そういうこととは無関係なんです。

 

わたしが正義について語るなら (ポプラ新書)