精神的な毒の危険性

どの仕事にも

共通しているのは、

 

自分の仕事の中に

精神的な毒

を入れないということです。

 

ボクはあまり

教訓的なことは

好きではありません。

 

お話はできるだけ

面白く娯楽的であるほうが

いいと思っています。

 

しかし、

面白さのために

毒はいれません。

 

なぜなら、

精神的栄養になる

子どもの時の

絵本や音楽は

 

身体を流れる

血液と同じだからです。

 

ボクが立ち直れたのも、

自分の血が

失意の時も

紅く澄んでいたせい

だと思います。

 

物理的な公害よりも

精神的な公害のほうが

実はもっと危険なのです。

 

ボクは、一年に約20冊の

絵本をかいています。

 

九州の小学校で

知恵おくれの

子どものクラスを

担当している先生から

手紙がきました。

「私のクラスに絶対本を読まない子どもがいます。

ところがアンパンマンだけは喜んで見ます。

そのうちにびっくりしたことに、

字をおぼえて自分で読めるようになりました。

うれしくて私は涙がでました。」

この手紙を読んで

ボクも涙をこぼしました。

 

そして自分の手もとにある

絵本を全部ひとまとめにして

先生に贈りました。

 

子どものための歌も

約20年間、1ヶ月に1曲ずつ

つくりつづけました。

 

ボクも作曲のいずみたくも、

全くの無料でせっせとつくりました。

 

どこから頼まれたわけでもありませんが、

貯金をするつもりでつくりつづけたので

誰も認めるひとはいませんが、

 

いつのまにか

利子がつきます。

 

ボクは才能がうすいから、

さしたることはできません。

 

賞にも、

あまり縁がありません。

 

でも、全力をつくして

ひとを喜ばせる仕事をしたい、

と思っています。

-もうひとつのアンパンマン物語(PHP研究所)-

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アンパンマンに思いをこめて…

おかげさまで、
アンパンマンは幼児から
小学校低学年の子どもにかけて
人気があります。

 

アンパンマンの生みの親としては、
片方ではうれしい半面、
こんなに世の中に氾濫して
いいのだろうかと不安な感じもしています。

 

ボクの希望としては、
一人歩きしていくのはいいとしても、
トップにならずに、4位か5位をキープして、
永く続いていってほしいのです。

 

のぼりつめれば、

必ず、次は落ちますから。

ボク自身も子どもの頃から

絵が好きで、

小学校、中学校(旧制)と好きで

かいていましたが、

決してトップではなかった。

 

三番目か四番目にうまかった。
アンパンマンも
ボクとしては地味な感じで
いきたいのですが、

 

最近は、どうも派手っぽく
なってきて、心配しています。

 

それと、絵のほうはともかく、

主題歌の歌詞に対して若い人からも
反響があって、悲しい時に勇気づけられる、
という高校生の投書が新聞にのりました。

 

子どもに受けようとか、
子どもに迎合せずに、
自分の思いを大人の感覚で
そのまま歌詞にしています。

-もうひとつのアンパンマン物語(PHP研究所)-

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人間が一番うれしいこと

人間が一番うれしいことは何だろう?

長い間ボクは考えてきた。

そして結局、人間が一番うれしいのは、

人間をよろこばせることだということがわかりました。

実に単純なことです。

ひとはひとをよろこばせることが一番うれしい。

 


美しく生まれたひとは、

その美しさで、ひとをよろこばせることができます。


学問のあるひとは

学問で、ひとをよろこばせることができます。


絵をかけるひとは

絵をかくことで、ひとをよろこばせることができます。


歌えるひとは

歌で、ひとをよろこばせることができます。


なぜおいしいお料理をつくるか。

お料理を食べたひとが「おいしい!」といって

よろこぶのがうれしいからです。


ひとはみんな、

よろこばせごっこをして生きています。


それが、このいかにも

さびしげな人生のささやかなたのしみになります。


ボクらはそんなに長く生きはしません。

星のいのちにくらべれば、瞬間に消え去っていきます。


それならば、その束の間の人生は、

なるべく楽しく暮らしたほうがいい。


そして、その楽しさの最大のものは

他のひとをよろこばせることなのです。


ボクは才能うすくうまれつきました。

外見的にもパッとしません。


ちいさい時に父親を失い暗い性格に育ちました。


でも、どうしても、全力をつくして

ひとをよろこばせたかった。


特にボクは、ひとがうれしそうに笑う声が好きです。

ひとが笑うと、ボクもうれしくなります。

だから、長い間苦労して、やっと漫画家になりました。

いまは絵本を主にかいています。

ボクは大芸術作品を

かきたいと思ったことは一度もありません。


「面白いですか。ボクの本は面白かったですか」

とそのことばかり心配しています。


それにしてはあまり面白くありませんが、

それは才能がうすいせいで残念です。


ただ一生けんめいにやります。


テレビでふざけてばかりいる番組があります。


みんな大笑いしているが、

ボクは少しもおかしくありません。

それどころか不愉快な気分になります。


ああいう笑い方は嫌いです。

あんな下品な感じでなく笑いたいし、笑わせたい。

そう思ってやっています。

それがボクのボランティアの心であり、

そしてまたボクの最大のよろこびです。


ボクはおかげさまで楽しく生きています。

-もうひとつのアンパンマン物語(PHP研究所)-

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子どもは先生

ボクは子どもを

「ちびっこ」 というような

 言い方で いうのが嫌いです。

 

子どもも大人も

おんなじという

考え方が

人生の基本となっています。

 

大人は子どもの

なれの果てですから、

精神が少し汚れ、

 

経験がいくらか豊富という程度で、

さしたる差はありません、

それどころか子どもは

むしろボクの師です。

 

子どもの詩や絵には

いつも心を洗われることが多く、

心から尊敬しています。

すべての子どもたちは

ボクの先生です。

 

ただ人生経験が少ないから、

この世の慣習に馴れていない部分があり、

時として野蛮で時として荒々しく、

洗練されていないのはいたし方ないことで、

その部分で子どもを

みくびってしまうのはまちがいです。

 

童話をつくる時、

いかにも子どもっぽく

甘くつくるひとがいます。

それが童謡だと思っているようですが、

ボクはそれはいくらか

あやまりと思うのです。

 

子どもは大人にあこがれていて、

いつも大人のようにふるまいたいと

思っていますし、

心の中はさしてちがいません。

 

大部分のひとは

自分の子ども時代に、

ちゃんと大人の世界のことが

わかっていたことを思いだすはずです。

 

つまり、大人の世界の嘘の部分が

わりとはっきりわかっているのに、

見て見ぬふりをするのです。

 

子どもは子どもの世界から

踏みだすことはできないので、

何もいわずにいるだけです。

 

愛の哀しみよろこび、

美しいとかみにくいとか、

お金持ちとか貧乏とか、

世の中の不公平さについて

既によく知っています。

 

5歳ぐらいでも

三角関係の

愛のもつれなどということは

はじまります。

 

しずえちゃん  こうむら よりし(5歳)

ぼく いやだったよ

にげようとしたけど

みよちゃんが

ぼくのほっぺに

キスをしちゃったよ

「みよちゃんとけっこんしなさい」って

しずえちゃんが いうんだよ

いやだなぁ

ほんとは ぼく

しずえちゃんを

あいしているんだよ

 

大人はひとつの

自分の郷愁の中に

子供をおきたがる。

 

かわいらしく純真であどけない、

その色の中に子どもを

ぬりこめてしまおうとするのです。

 

でも、子どもにとっては

それは時には迷惑ではありませんか。

 

だから、ボクは子どもに対する時は

大人に対する時よりも、

もっと一生けんめいにひとつの

人格として認めることにしています。