アンパンマンの遺書

ぼくが死ねば
アンパンマンが
どういう風にして
ぼくの中で
育っていって
世の中へ出ていった
のかが解らなくなる。
 
遺書はぜひ
書いておかねばと
ずーっと思っていたので
これは天が与えてくれた
チャンスと思った。
 
もし
この本を書かなければ
だらしない性質のぼくは
一日延ばしにしているうちに
途中で挫折する
のはほぼまちがいない。
 
戦後も五十年を経たが
ぼくの人生はまさに
戦前
戦中
戦後を通過してきた。
 
いつ死んでもおかしくない
激動の時代だった。
 
ぼくはなんとか
生きのびてきた。
今は人生のオツリが
附録のようなものだ。
しかし
附録が本紙より
豪華ということもある。
 
ぼくの
附録は意外に良かった。
高位高官というのは
望まないし、似合わない。
雑草の暮しがいい。
 
それにしては
恵まれていたと思う。
日陰の細道の
名もない雑草としては
ちいさな花を咲かせることが
出来ただけで望外である。
すべての点で
人後に落ちるぼくにしては
上出来と
自分で拍手している。
 
大部分は
アンパンマンのおかげである。
このキャラクターに
めぐり遭えたことが幸運だった。
アンパンマンは
ぼくの子供であり
ぼく自身でもある。
 
この遺書は
アンパンマンを通じて
世間へ公開するかたちをとった。
ぼくのパッとしない人生も
ケジメだけは
つけておきたかった。
 
記憶はもううすれているので
ところどころ細部では
まちがっているかもしれない。
でも
大筋はまずこんなものである。
なんとか
遺書を書きあげてほっとした。

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アンパンマンの遺書

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