子どもは先生

ボクは子どもを
「ちびっこ」
というような
 言い方で
いうのが嫌いです。
 
子どもも大人も
おんなじという
考え方が
人生の基本と
なっています。

 
大人は子どもの
なれの果てですから
精神が少し汚れ
 
経験がいくらか
豊富という程度で
さしたる差はありません
それどころか
子どもは
むしろボクの師です。
 
子どもの詩や絵には
いつも
心を洗われることが多く
心から尊敬しています。
すべての子どもたちは
ボクの先生です。
 
ただ
人生経験が少ないから
この世の慣習に
馴れていない部分があり
時として野蛮で
時として荒々しく
洗練されていないのは
いたし方ないことで
その部分で子どもを
みくびってしまうのは
まちがいです。
 
童話をつくる時
いかにも
子どもっぽく
甘くつくるひとがいます。
それが童謡だと
思っているようですが
ボクはそれはいくらか
あやまりと思うのです。
 
子どもは大人に
あこがれていて
いつも
大人のように
ふるまいたいと
思っていますし
心の中は
さしてちがいません。
 
大部分のひとは
自分の子ども時代に
ちゃんと
大人の世界のことが
わかっていたことを
思いだすはずです。
 
つまり
大人の世界の嘘の部分が
わりとはっきり
わかっているのに
見て見ぬふりを
するのです。
 
子どもは
子どもの世界から
踏みだすことは
できないので
何もいわずにいるだけです。
 
愛の哀しみ
よろこび
美しいとか
みにくいとか
お金持ちとか
貧乏とか
世の中の
不公平さについて
既によく知っています。
 
5歳ぐらいでも
三角関係の
愛のもつれなど
ということは
はじまります。
 
しずえちゃん
こうむら よりし(5歳)
ぼく いやだったよ
にげようとしたけど
みよちゃんが
ぼくのほっぺに
キスをしちゃったよ
「みよちゃんと
けっこんしなさい」って
しずえちゃんが
いうんだよ
いやだなぁ
ほんとは ぼく
しずえちゃんを
あいしているんだよ

 
大人はひとつの
自分の郷愁の中に
子供をおきたがる。
 
かわいらしく
純真であどけない
その色の中に子どもを
ぬりこめて
しまおうとするのです。
 
でも
子どもにとっては
それは時には
迷惑ではありませんか。
 
だから
ボクは子どもに対する時は
大人に対する時よりも
もっと
一生けんめいにひとつの
人格として
認めることにしています。

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