書籍/BOOK

勇気の花がひらくとき

著者
やなせたかし
出版社
フレーベル館

内容

「ぼくが生きる意味はなんだろう?」そう自分に問いかけ続けた、アンパンマンの生みの親、やなせたかし先生。
「とにかくみんなを喜ばせたい!」そんな気持ちで何事にも一生懸命取りくみ続けた一生を紹介する伝記。

もくじ

1

はじめに

2

両親との別れ

3

あたらしい出発

4

あこがれの道へ

5

兵隊になる

6

戦場へいく

7

ほんとうの正義

8

もう一度、東京へ

9

アンパンマンの誕生

10

勇気の花がひらくとき

11

あとがき

はじめに

〈はじめに〉
その男の子はいつも、心のすみに、なんとなくさびしい気持ちをかかえていました。
それは、五歳のときに父親がなくなってしまったからかもしれません。
あるいは、その後、母親がべつの人と結婚して、おじさんの家にあずけられて育ったからかもしれません。
はずかしがりやでなかなか友だちができなかったせいかもしれませんし、運動が苦手な劣等生だったせいかもしれません。
でも、と男の子は思うことがありました。もしかしたら理由なんかなくて、生きていることは、それだけで。少しだけさびしいことなのかもしれないと。
それでも、絵をかいていると、さびしさをわすれることができました。本を読んでいるときもそうでした。夢中になって、心が楽しくなるのです。
男の子は、いつか自分のかいた絵やお話で、だれかをよろこばせることができたら、どんなにうれしいだろうと思うようになりました。
その男の子、柳瀬嵩は、大きくなってほんとうに作家になりました。まんがをかいたり、詩や物語をつくったりして、本を出版するようになったのです。
無名の時代が長く続きましたが、やがて、日本じゅうで愛される主人公を生み出します。みんなが知っているアンパンマンです。
この本は、柳瀬嵩、つまり「アンパンマン」の作者、やなせたかしさんの伝記です。やなせさんは、二〇一三年に九十四歳でなくなりましたが、その作品は、いまも多くの人に親しまれています。
やなせさんの作品は、さびしい気持ちにそっとよりそい、もうだめだと思う心に元気をあたえてくれます。
アンパンマンは、けっして、かっこいいヒーローではありません。顔がぬれただけでも力がなくなってしまいますし、武器だってもっていません。
でも、こまっている人がいれば、自分の身があぶなくても、かならず助けにいきます。
そんなアンパンマンのかつやくに、わたしたちは勇気づけられ、正義とは何かを考えさせられます。
内気でさびしがりやだった、ごくふつうの男の子が、そんなふうに人の心をうごかす作品をつくりだせるようになったのはなぜでしょう。そして、アンパンマンは、どのようにして誕生したのでしょう。
アンパンマンが好きな人、絵や詩や物語をかくことに興味のある人、そして、ときどきさびしい気持ちになる人。これは、そんなあなたに読んでほしい、アンパンマンの生みの親、やなせたかしさんの物語です。

本について

材料
分量
単行本
136ページ
出版社
フレーベル館
言語
日本語
ISBN-10
457704305X
ISBN-13
978-4577043059
発売日
2015/10/1
梱包サイズ
21.2 x 15 x 1.8 cm

あとがき

〈あとがき〉
やなせたかしさんのことを、まわりの人はみな、「やなせ先生」とよんでいました。
かつて、雑誌「詩とメルヘン」の編集者だったわたしもそのひとりです。
やなせ先生は、学校の先生をしたことはないけれど、みんなが自然に「先生」とよびたくなる人でした。
この先生は、けっしていばらないし、ああしろ、こうしろとも言いません。いつもだまって自分の仕事をしています。
でも、だれかが元気をなくしたり、ピンチに立たされたりすると、かならず助けの手をさしのべてくれるのです。とてもさりげなく、そして、少しはずかしように。
わたしは、小学校のときに「やさしいライオン」の映画を見て感動し、高校生のころから、やなせ先生が編集長をされていた「詩とメルヘン」に、詩をかいておくるようになりました。
何度か掲載されたのがうれしくて、大学を卒業すると、上京して「詩とメルヘン」を出版している会社に就職し、やなせ先生のもとで働くようになったのです。
この本の第七章は、やなせ先生がこの雑誌で、たくさんのわかい人を育てたことをかきましたが、それは詩人や画家だけではありません。わたしのような編集者やスタッフも、先生は育ててくださいました。
わたしが二十代で会社をやめて独立したとき、やなせ先生は、ご自分のあたらしい絵本の編集の仕事を、わたしにまかせてくださいました。なかなか仕事がなくて生活が苦しかったことをごぞんじで、助けてくださったのだと思います。
わかくて無名でまずしくて、でも、何かになりたいというこころざしをもった人に、やなせ先生はほんとうにあたたかかった。きらめく才能よりも、いっしょうけんめいさをたいせつにして、「天才であるより、いい人であるほうがずっといい」と、よくおっしゃっていました。
その後、わたしは四十歳をすぎてからはじめて本を出して、作家になりました。
先生はとてもよろこんで、雑誌の対談によんでくださいました。そのときの会話で、わたしは先生の戦争体験や、弟さんのことを知ったのです。
この本は、先生がおかきになった本や、わたしが先生から直接うかがった話をもとに、先生を支えてきたスタッフの方たちの助けをかりてかいたものです。かきながら、先生から教わったたくさんのことを思いだしました。そして、いつもユーモアたっぷりの先生が、ときどき少しだけさびしげに見えた理由がわかってきて、胸が熱くなりました。
アンパンマンは、たまたま生まれたヒーローではありません。悲しいことや苦しいこともたくさん経験し、人間が生きる意味はなんだろうと先生が考えつづけた中から誕生したのです。
人はなぜ、なんのために生きるのか・・やなせ先生がアンパンマンをとおして投げかけた問いを、読者のみなさんとともに、わたし自身も心にもつつづけ、考えつづけていきたいと思っています。
二〇一五年九月
梯 久美子