書籍/BOOK

絶望の隣は希望です!

著者
やなせたかし
出版社
小学館

内容

アンパンマンの父が贈るラストメッセージ

3・11の大津波に耐え、岩手県・陸前高田でたった一本だけ生き残った樹齢260年以上とされる「奇跡の一本松」に、92歳のやなせさんは「ヒョロ松」と名付け、自分自身を重ねています。
喪失と絶望の繰り返しだった92年の人生は、まさしくこの老木のように孤絶であったとやなせさんは振り返ります。
やなせさんが50年前に作詞し、その後大ヒットとなった『手のひらを太陽に』をはじめ、『それいけ!アンパンマン』、そして『陸前高田の松の木』と、やなせさんが一貫して歌に託してきたメッセージは、挫けずに生き抜くことの尊さにほかなりません。それは悲しみに暮れる弱者への、祈りにも似た魂の応援歌でもあります。
『アンパンマン』『やさしいライオン』……数々の名作を生み、大人も子どもも魅了してやまないやなせさんが、波乱万丈の人生から紡いだ生きるヒントをあますところなく伝えます。

もくじ

1

はじめに

2

「奇跡の一本松」が教えてくれたこと

3

戦争で思い知った本当の正義

4

オンボロアパートで日は暮れて

5

どん底の僕を救った「アンパンマン」

6

天国の妻へ

7

やなせ流・長寿の秘訣

8

人生は“喜ばせごっこ”

9

絶望の隣は希望です!

10

明日を信じて

11

おわりに

はじめに

人生というのは、本当に摩訶不思議です。僕のプランでは、漫画家としてそこそこの作品を描き、65歳まで仕事をする。そのあたりで引退し、カミさんに見守られながら、ささやかな人生の最期を迎える。
カミさんは、とてもしっかりした人ですから、すべてきちんと始末してくれるだろう。ただ、たったひとつの気がかりは、カミさんが僕の死後も生きていかれるようにしておかないと、ひとりになったカミさんが困る、とそれだけが心配でした。
ところが、僕が生き残った。65歳で引退するどころか、逆にそれから忙しくなってしまいました。
振り返れば、若い頃というよりは、なんと50歳ぐらいまで僕は、失意と絶望の連続でした。ずーっと何十年ものあいだ、「自分は何をやっても中途半端で二流だ」と思い続けていました。漫画家なのに代表作がないことが致命的なコンプレックスとなって、50歳を過ぎても、またスタート地点でうろうろしているような気持ちでした。
「もう売れることはない。そろそろ引き際だ」ーそう思ったとき、アンパンマンがヒットし始めたのです。もう、60歳を遥かに過ぎていました。それから年を追うごとに忙しくなり、92歳のいまも老体にムチを打ちながら現役で仕事をしているのですから、やっぱり、人生は摩訶不思議です。
これだけの遅咲きも珍しいわけで、よく「大器晩成」なんておだてられますが、いやいや「小器晩成」の典型です。でも、若くしてもてはやされ、有頂天になって燃え尽きてしまうより、まぁ、結果的に良しとするかと、自分を慰めたりしています。
そんな回り道の僕の人生ですが、ひとつだけ胸を張っていえることがあります。それは、どんなことでも、思いを込めて一生懸命やっていれば、自分が望んでいた方向に、道は拓けるということです。なんて自分はツイていないんだろうと諦める前に、そのことをやり続ければ、60代から、自分の自由な人生が始まることもあるのです。つまり、”継続は力なり”です。
夢とは、実現することが目的ではありません。夢に向かって、一歩ずつ一歩ずつ進もうとする、その力が尊いのです。人は誰も、幸福な人生を送りたいと願い、そこに明日はこうなるかもしれない、こうありたいという夢があるから、がんばれるのではないでしょうか。けれど、もしかしたら、夢は実現しないのかもしれない。単なる夢で終わるかもしれない、しかし、それを追いかかけていくことが、生き甲斐に繋がるのではないかと思うのです。
やること為すこと、すべて思いどおりに行かないとき、ともすれば、私たちは”捨て鉢”の考えになりがちです。でも、そこでちょっと踏みこたえてください。「一寸先は闇」といいますが、「一寸先は光」になることが、人生には往々にしてあるのです。そのことを本書で、僕は皆さんに伝えられたらなぁと、心からそう思います。
年を取ってくると、時間のたつのがとても速いとは聞いていましたが、なるほど年々速くなる。風のように、矢のように、光のように時間が飛び去っていく。毎日めまぐるしくアタフタしながら暮らしていると、気がついたら火葬場の煙になっているんだ、ってそんな思いに駆られます。
でも、ここでいいたいのは、80歳を過ぎると、”これからどう生きるか”という人生のマニュアル、つまり手引書のようなものが何もありません。だからこそ毎日が新鮮なびっくり仰天、未知の世界への冒険旅行になるから面白い、ということです。
こういうと「何が年を取って、そんなに面白いんだ!」と、怒りだす人がいるかもしれません。しかし、人生は後半からが面白い。そして、何歳になっても人生は捨てたものではありません。
85歳を過ぎた頃から僕は、「おれは老人の星になろう。老いたるアイドル”オイドル”だ」ー。勝手にそう名乗ることにしました。もちろん、オイドルなんて言葉はありません。僕の造語です。子どものアイドルがチャイルドなら、老人のアイドルは”老いドル”ではないかと思ったからです。
そんなオイドルも、今回の大震災ではさまざまなことを考えさせられました。いや、日本人のひとりひとりが、大きな宿題を抱えることになったと思います。
多くの人たちが、「絶望」に胸を塞がれただろうと思います。
けれど、「日はまた昇る」ー。僕はいま、心からそう信じています。

本について

項目
詳細
単行本
252ページ
出版社
小学館 (2011/9/26)
言語
日本語
ISBN-10
4093881979
ISBN-13
978-4093881975
発売日
2011/9/26
梱包サイズ
18.6 x 13.2 x 2.2 cm

あとがき

人生が”四コマ漫画”だとすれば、僕はいま、四コマのおしまいのところにいます。
僕は、これまであまり過去を振り返ってみたことはありません、いつも、現在と未来だけを見て生きてきました。しかし、今回、こうして振り返ってみると、よくぞ、ここまで生き延びたものだと、しみじみその思いを深くします。笑われるかもしれませんが、そんな僕は、この年になって、「いまが青春!」と独り言をつぶやいています。
戦後の混乱がようやく沈静化し始めた昭和20年代後半、まだ敗戦の傷跡は残っていましたが、日本は復興の活気に溢れていました。漫画界も活気に満ちて、天才、鬼才が出現して、大活躍という時代を迎えました。
僕は、まだ駆け出しもいいところで、まるでパッとしませんでしたが「漫画集団」に入っていましたから、いろいろな華やかな場所には、なんとなく出席する機会があった。天才的な漫画家といわれた横山隆一先生は、郷土の大先輩でしたが、毎年、鎌倉の邸宅で新年会を開くのが恒例で、僕も末席に呼ばれていました。
その華やかな宴会の真っ最中に突然、ウォーという絶叫が響きわたる。ターザンかの叫びではないが、腹の底から絞り出すような奇妙な声で、なんとなく物哀しい。しかし、僕以外の人は聞きなれていると見えて、誰ひとり驚かない。
それが、紀伊國屋書店の創業者、田辺茂一氏との最初の出会いでした。
田辺さんは、とにかく酔っぱらうと「ウォー」と叫び始める。若き日の田辺茂一氏は、”箒のターさん”と呼ばれた酔人で、箒で掃くように女性を漁って浮名を流していました。しかし、それは金の力があってモテたのであり、愛から来るものではなかった。
モテているようで、実はモテていなかった。だから、心の中は荒涼として、酔うと物哀しい絶叫になったのではないかと、僕はそう推察していました。
しかし年を重ねて茂一さんも老いてゆき、邪心が薄れていくと、今度は”モテモテおじさん”になった。ホテルのパーティーでは。うら若い美女郡に囲まれて、必ず熱唱するのです。これがまた、筆舌に尽くし難いほどのヘタな歌なのです。ところが、ここまで調子っ外れで下手だと愛敬があり、一種の芸の境地となってウケてしまう。人生を面白く生きる天才でした。
それから、ずいぶんと歳月が流れ、あるとき酒場の片隅で、茂一さんと偶然一緒になりました。すると茂一さんが、寂しげな口調でこういうのです。
「やなせ君、僕はね、いまが青春なんだ」
”いまが青春”ー、この言葉は僕の胸に染みました。アンパンマンがヒットして、遅ればせながら、ようやくこの稼業で生きて行けるというパスポートをもらえました。収入も安定し、自分でもおかしいのですが、異性にもモテるようになりました。
そして、田辺茂一氏のいった「いまが青春」という言葉の真意に気づいたのです。いまが青春!確かにそうです。僕には青春はなかった。薄汚れて灰色でした。ようやくこれからが青春というときに、日中戦争から太平洋戦争、僕は絵筆の代わりに銃を持って戦場にいました。そして終戦を迎え、復員してからもしばらくは感覚がズレて、駆け足で時代を追いかけることができなかった。
茫々と時は過ぎ、気がつけば、いつの間にか信じられないような超老人になっていました。そんな僕は、85歳を過ぎた頃から、よろめきながらも、「いまが青春!」とつぶやいています。
明日の生命もわかりませんから、服装はできるだけ派手にし、ダンディーにイキがって暮らすのが一番。自分で自分のことを「ダン爺」なんていっています。
「晩年」
老年ボケやすく 学ほとんど成らず トンチンカンな人生 終幕の未来も
なんだかヤバイ それでも笑って ま、いいとするか (自著「たそがれ詩集より」)
気分は確かに「いまが青春!」なのですが、こんなに老衰するとは思いませんでした。休はあっちこっち痛んできて、修理に出しても部品がない。残念、無念、ああ、口惜しい。
けれども、そこは”ダン爺”です。いまも現役だと背伸びして、弱みを見せず生きるしかありません。枯淡なんかにななりたくはありませんから、ラストソングを華やかに歌ってフィナーレにしたい、そう願っています。そして、四コマ漫画のオチをどうつけようかと今日も思案中です。
2011年9月 やなせたかし